2015年幕開け事件

  • 2015.01.06 Tuesday
  • 16:10
愉しく名古屋での年越しライブを終えた翌日の元旦。
一眠りして、温泉に入って、京都へ帰郷と思いきや . . .
昼過ぎから大雪が降って来た。嫌な予感。
大雪の予報があったので、チェーンを購入し前日に装着の
シュミレーションまでしてあったので、
雪が積もる前に他の車に習って、
高速のトンネル内で路肩に寄せて、順調にチェーン装着。
しばらく、走ると . . . .
京都まで後一歩の草津当たりのトンネル内でまさかの渋滞。
1時間、2時間 . . . あれ??動かない . . . 
いったい何が起っているんだ?
このトンネルは何トンネルで、何メートルあるんだ?
トンネル内でネットやラジオが繋がらなく、
情報が無い為に不安が増す。
3時間 . . .と時間が経過すると . . 
何処かへ歩いて行く人達が増える。
男の人はその辺りで用を足せるが、
女子はそうもいかない。
もうすぐ80歳を迎える山崎母は
息子が外に出ている間に、生まれて初めて携帯用に
持参していた給水シートとやらで車内で用を足した。
外を歩く人に聞くと、非常口まで歩いて、そこで用を足している事がわかり、
早速我もと歩いて行くと、非常口の扉を開けても外に出る訳でなく、
広い空間があり、もう一枚の扉を開けると、反対車線の道路に出た。
どうやら、巨大コンクリート空間のハシの溝が臨時の?
用を足すスペースとなってしまったようだ。
ふとインドの首都デリーのスラム街を思い出した。
トイレが無い為に、その辺りの歩道で用を足し、
それを野豚が懸命にさらっているのだ。
ここには豚もいないし、水も無い。
インドより酷い環境だった。
私たちが非常口に行ったのを聞いてお母さんも行きたがる。
帰って来ると、排泄出来てはしゃいでいるワンちゃんや
赤子の用に踊って帰って来た。
排泄は本能的に喜ばしき事なんだと改めて知らされる。
さて、しかし、動かない。
フェイスブックにアップを試みるが、再試行してくれとのメッセージ。
電池もヤバくなって来たので、電源を切り、しばらくしてもう一度チェック。
なんとか、自分の投稿したメッセージが上がっていた様で、
何人かの知り合いが心配して情報を提供してくれ
4キロ近くある金勝山トンネル内で
トンネルを出てからも草津出口まで6キロあるという事が判る。
しかし、添付してくれている渋滞情報などのリンクも開かない。
GPSも反応せず、電波も通じず、AMラジオも「通行止め」と
オウム返しに同じことを言うだけで全く便りにならない。
震災の時もそうだったが、日本はどんなに便利になっても、
酷い経験をしてもなお、災害対策に弱い国だと思った。
ガソリンの残量も心配だし、時々しか動かないので
エンジンを切って、たまーに100メートル程走って止る、切る、
を繰り返しているとバッテリーも減って来た。ピヨ号にはダメージだ。
後ろにはトラックの冷蔵車?がいた様で、
定期的にエンジンを吹かし、前の観光バスもエンジンをかけたままで有る為、
流石に広いトンネル内の空気も澱んで来た。
飲み食いは我慢出来ても息は止められないから辛い。
戦時中、濡れタオルを口にあてて助かったという話を
お母さんから聞いたが、タオルはあっても水が無かった。
どこから来たのか、救急車と消防車が何度かやって来ては、誰かを連れて行った。
既に6時間が過ぎようとしていた。
精神的に疲労はするが、寝ている間に、排ガス中毒で
あの世行きになってしまうのではと思うと、寝る事も出来ない。
そして、夜中を回り、トンネルに入って7時間半 .  . .
ようやく車が動きだし、雪の積もる下界へ出れたのだ。
やった〜!これで排ガス中毒死からは逃れた。
命を頂いた気分だ。
さて、今度はガソリンの残量と、寒さ対策だ。
トンネルの中はカマクラの中の様に温かく寒くなかったのだ。
渋滞は続くが月も拝めて救われた気分。
大雪を横目に草津より瀬田東まで行ける様になっていたので、
瀬田東インターを翌朝2:50下車。ゆっくりと下界へ出て
最初のコンビニに駆け込み14時間ぶりのご飯を食べました。
どん兵衛と唯一コンビニに残っていた弁当にむさぼりついて、
用をたしたものの、国道も高速も全て通行止めで、
この辺の人も車を道路に放置して、
駅まで歩いて電車で家に帰ったりしていると聞き、
道路は動くはずもなく、「明るくなるまでここにいた方がよいですよ。」
とコンビニのお兄さんが優しく言ってくれる。
とは言え、コンビニには座るスペースも無いので、
コンビニの駐車場にて仮眠することに。

さて、トンネル難民よりコンビニの駐車場難民へ。
トイレと飲み物があるだけましですが、かなり寒いです。
軽の車に楽器と荷物満載、大人四人と犬が乗ったひしめき合った車の中で、
寒さで足を抱えて、それぞれ身体を九の字に曲げながらも気絶状態で仮眠。
後、二週間余りで80才を迎えるお母さんも、マロ(犬)の下に足を突っ込んで
足を温めてもらって、何とか暖を取りました。
優しいコンビニのお兄さんにも感謝しつつ、
7:40にモーニングコーヒーを買ってコンビニを出ました。
そして、1号線に乗りましたが、やっぱり、動きません。
天気が良くなっただけでも気分は救われますが . . 
瀬田川の凍った橋の上でも一時間は寒風にさらされておりました。
全くメドが経たないし、電車は通っているようなので、大阪の
お母さんを最寄りの駅で降ろす事になりました。
さて、再び一号線へ . . . と進路を向けようとすると、
べったり動きません。数時間待ちましたが、この分だと
途中越えの方がマシかもと逆走しはじめると、
なんと、走る走る。ピヨ号はチェーンという養成ギブスを
つけたまま走り出しました。
もう渋滞は嫌だ!雪の山道の方がマシだ!
マロも心配そうに時々運転手の顔をのぞき込んでは
前を見て懸命に車掌を勤めます。
(ちょっと視界が悪くて邪魔なんですけど . . . )
途中、溝にはまった車などを脇目も振らず進んで、
ようやく一乗寺のコンビニ駐をゲット!
ピヨ号から養成ギブス(チェーン)を外してあげて、
ヒデキはんはチェーンを首にかけて懺悔の気持ちでぴしゃりと一枚。
(頭にはチェーンのゴム)
私は慌ててズボンをはいたらしく、防寒に着用していた
釣り人用ズボンを前後逆さまに履いたままで脱力ポーズ。
もう、ほんまに皆さんご心配をおかけしました。
落ち着いてフェイスブックを読み返すと、
受信出来ていなかったコメントも続出やったのですが、
せっかくのお正月に、災害時に何が必要かを考えて
送って下さった方にも、本当に感謝を致します。
便利になった今、電気や電波が無いとなんにも判らないなんて
情けない話です。紙の地図は必ず持っていた方が良い事や、
水や携帯トイレ等、必要な事も判りました。
 
今回は、逢坂峠や路駐に放置車が続出し、除雪だけでなく、
その撤去にも時間がかかってしまったようで、
まして、元旦である。救助隊員も流石にお酒も飲むであろう。
救助隊員や除雪作業員が現場に駆け付ける事も出来ない程の
渋滞であった為に、処理が遅れたという事も後で判りました。
本当に、なんと申して良いやらのお正月騒動。
まだ、年を越せていないトラウマが残る幕開けです。
厄は全部元旦で落せたと信じて前へ前進する所存です。
命頂いて、生かせて頂いて、ありがとうございました。
コメント
渓流釣りで車泊をよくやり、20数年前はスキーをやっていた経験から・・・その写真の車なら絶対スタッドレスです。サイズを推測するに4本で6〜8万位でしょう。その分サマータイヤは磨耗しませんから、経済的です。2リットルのペットボトルを2本、卓上コンロ、車内で使用のおりは換気に要注意。暖かいものに転用、500mlのペットボトルに移して(火傷に要注意)湯たんぽ代り。私は高速渋滞では、結構盛り上がります。前のバスが修学旅行生なら、ジャンケン大会を毎度やってます。やはりトイレが一番難渋しますね。きっと、お知り合いの方々は、妙案をお持ちでしょう。今後の糧にして下さい。
  • 西浦マサカズ
  • 2015/01/06 9:34 PM
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